博多織の起源と歴史

博多織の起源は、鎌倉時代末期にさかのぼります。
一人の商人が中国から織の技術を持ち帰り、日本独自の美意識と融合させたことから、その歴史は始まりました。
江戸時代に入ると、博多織は福岡藩主・黒田家により幕府への献上品として選ばれ、"献上博多"の名で知られるようになります。格式と精神性を宿す織物として、武士の帯や儀礼の装束に用いられ、やがて庶民の暮らしにも広がっていきました。
密度の高い縦糸に、太めの横糸を打ち込んで織り上げる博多織は、軽やかさと張りを同時に兼ね備えた、独特の"音"と"締まり"を持つ織物です。華美に飾り立てることなく、実用と美がひとつの布の中で共存する。
そのたたずまいは、今なお変わらない普遍性を持っています。
博多織の代表的な「献上柄」には、独鈷(どっこ)と華皿(はなざら)という仏具をモチーフにした意匠が繰り返し織り込まれています。その幾何学は、単なる装飾ではなく、祈りと守りの意味が込められた"記憶の文様"でもあります。

博多織の特徴

張りのある風合いと絹の光沢
たて糸の本数が多く、よこ糸を強く打ち込むことで生まれるシャリ感と密度の高さ。これが博多織の特徴です。

意匠の力──“独鈷”文様
密教法具である「独鈷」や「華皿」など、心を整える祈りのかたちが意匠に織り込まれています。

使うほどになじむ絹の肌ざわり
張りがあるのにやわらかく、しっとりと手になじむ感覚。これこそが本物の博多織の証です。

博多織ができるまで

博多織は、織る前の"準備"に全工程の8割が費やされる、と言われています。
糸を染め、並べ、結び、巻く
──織機に横糸を通す瞬間に至るまで、どれだけ手を尽くしたか。
その積み重ねこそが、博多織特有のハリ感と締まり、そして一本の帯に宿る静かな存在感を生み出しています。

01 意匠設計・図案

どのような文様を織り出すかを設計します。 献上柄のような伝統意匠から、プロダクトごとのオリジナル図案まで。柄の構造そのものを組み立てるところから、博多織は始まります。

02 精練・染色

蚕の繭から紡いだ生糸を、石けんや炭酸ソーダで数時間かけて丁寧に洗い、柔らかさと光沢を引き出す「精練」。 続いて、精練した絹糸を色見本通りに染め上げていく「染色」。いずれも経験がものをいう工程で、糸そのものの質と色が、布全体の印象を決めていきます。

03 糸繰り

図案に合わせて、絹糸を一色ずつ染めていきます。 博多織は経糸の色数が特に多く、同じ柄でも糸の組み合わせによって布の表情が大きく変わります。

04 整経・経継ぎ

設計図通りに経糸を並べてロール状に巻き上げ(整経)、織機の経糸に一本一本結びつけていく(経継ぎ)工程。 博多織は経糸で色と柄を表現するため、一本単位で計算を重ねながら、数千本にも及ぶ糸を手作業で組み上げていきます。 経糸の準備が整って、はじめて織りに進むことができます。

05 緯合わせ・管巻き

細い横糸を数本束ね合わせて太い糸に仕立て、杼(シャトル)にセットするための管へと巻いていく、横糸の準備工程。 束ねた糸の太さが、博多織ならではの"しなやかで丈夫"な着心地を生み出し、巻くときのほどけやすさと締まりの均衡が、織りの仕上がりを左右します。

06 製織

準備された経糸に、シャトルの横糸をくぐらせ、打ち込んでいく。 そのリズムの中で、糸の切れや柄の出方を一瞬も見逃さずに織り進める、集中を要する工程です。 博多織特有の"絹鳴り"は、この緻密な打ち込みから生まれます。

織元との共創

ORIOが博多織の供給を受けているのは、福岡の地で80年余にわたり博多織を織り続けてきた筑前織物株式会社です。

内閣総理大臣賞をはじめとする数々の受賞歴を持ち、博多織の意匠・技術を現代に継承する、日本屈指の織元です。
ORIOと筑前織物の関係は、単なる"素材の提供"ではありません。
帯を織る工程のなかで生まれる帯地をモチーフとして活用することはもちろん、図案の段階から織元とともに考え、ORIOのプロダクトのためだけの新しい博多織を生み出す共創にも取り組んでいます。

伝統的な意匠の構造を尊重しつつ、現代の装いに馴染むスケール、色、リズム。
職人の手が紡いできた経験と、ブランドが見据える"これからの日常"を織り合わせながら、一枚の布にしていく。
共に文化を次の時代へ織り継いでいく、協働のパートナーとしてご協力いただいています。

博多織の未来を、日常へ

ORIOは、博多織を"保存する"のではなく、"使いながら続けていく"ブランドです。
着る人がいて、持ち歩く人がいて、暮らしのなかで触れられ続けるからこそ、文化は未来へとつながっていく。
約800年続いてきた博多織を、次の800年へ。
その小さな一歩として、ORIOのプロダクトが日常のなかに静かに存在できたらと願っています。